1. 前書き
ブリッジは紳士のスポーツです。実際それは間違いなく正しく、ブリッジセンターで出会う人はほとんど礼儀正しく、一般的に荒れがちなオンラインでもマナーが悪い人はあまり見ません。99.9%のプレーヤーは優良ですし、皆さんがブリッジをプレイしても不快な思いをすることはほとんどないでしょう。
ですが、国の威信やプロとしてのプライドがかかった国際大会において、いろんなプレッシャーから禁忌に触れてしまったプロたちも何人かいるものです。彼らがどんな手口を使い、なぜばれ、どうなったのか、少しずつ紹介していきましょう。
と、その前に、ブリッジの「ルール」を説明しておかなければなりません。
ブリッジはパートナーがどんなカードをもっているのか、手がどのくらいの強さなのか推測しながらやる競技です。したがってオークションの時はビッド以外の情報を得ることは禁止ですし、プレイの時は出されたカード以外の情報を得ることは禁止されています。
一応、やっていいこととダメなことの例を示しておきますね。
○パートナーが1NTでオープンしたから15-17点のバランスハンドであることが分かった。
○♠Aをリードしてみたらパートナーから♠の9が出てきた。オークションからパートナーの♠が長いことはわかっていて2や3などの小さいカードではなく大きいカードを出したので♠KかQがパートナーにありそうなことが分かった。
×オークションのときパートナーがすごく迷ってパスをしたので、ほんとは何か言ってもいいぐらいの微妙な強さであることが分かった。
×自分がリードしたカードに対して、パートナーがすごく嫌そうな顔をしたり、ため息をついたり、カードをたたきつけるように出した。
まあ要するに表情やしぐさで、正しく伝わるべき情報以外のものを伝えてはだめということです。(×のやつは故意でなくてもうっかり起きてしまった場合、審判によるスコア調整の対象になりますし、かなり悪質な場合は出禁になることもあります)
さて、本題に移りましょう。
今回紹介するのはファントーニ(Fulvio Fantoni)(画像左) とヌーン( Claudio Nunes)(画像右)のペアです。(wikipediaより)
2. どんなプレーヤー?
ブリッジ大国のイタリア出身のプレーヤーで、2011年からはモナコ代表としてプレイしていました。(モナコは 大富豪Zimmermannが財力によって世界中からトッププロを集めてチームを作っているので、その代表チームは世界トップクラスの強さなのですが、その話はまた別の機会に)
どちらも世界大会で何度も優勝し、特にブリッジ界で最上位の3大会であるbermuda bowl、olympiad、world open pairsのすべてで優勝するトリプルクラウンを達成しています。
2015年の世界ランクは1位と2位という、まさに世界最強のプロでした。
彼らはfantunesという、オリジナルのビディングシステムを使っていました。それ自体はべつに何の問題もないですし、プロレベルではシステムを自分好みにアレンジするのは普通のことです。ただ彼らのシステムはかなりトリッキーで、メリットもあるがデメリットも多いものでした。
3. 発覚までの流れとcard orientation signal
昔はある程度何かやっていても簡単にはばれなかったかもしれません。しかし現在、世界選手権は世界中に放送され、僕たちも見ることができます。あるとき、オランダのプレーヤーMaaijke Meviusは多くのブリッジプレーヤーについての動画を見返し、そしてファントーニとヌーンのオープニングリードに特徴があることに気が付きます。
カードを出すとき普通のプレーヤーはその向きを気にしません。意識していないので大体同じ向きに出ると思います。しかし、二人のオープニングリードはカードが横向きに出るときと縦向きに出ることがありました。よくよく調べると、
縦向きに出されたカードは手札にリードしたカード以外のトップアナー(A、K、Q)の存在を示し、
横向きに出されたカードはそれを否定するというものでした。
長々と書いている割には、え、こんな簡単なこと?
これ意味あるん?と思ったかもしれません。しかしこのいかさまかなり良くできていると個人的には思います。さすが世界トップペア。(笑)
①オープニングリードがされた1巡目は13巡のプレーの中で1番情報が少なく、ある程度推測に頼ることになります。そんな中でリードされたスートのアナーの配置がわかることはかなり大きな情報です。
②さらに、推測に頼るということは外しても自然ですが当てても不自然にはなりにくいということなので、このいかさまには気が付きにくいです。とくに彼らのビッドシステムがトリッキーなこともこの不自然さをカモフラージュしているのかなと個人的に思っています。
③オープニングリードが出た瞬間は同時にダミーが開かれる瞬間です。普通のディクレアラーはちらっとカードを1枚見てから13枚もあるダミーを見て、これからのプレイの方針をたてるのでそもそもオープニングリードのカードに注目していません。また、ダミーは自分の手札を広げる仕事があるので忙しいです。そんなミスディレクションをきれいについています。
でもでも、毎回やってたらばれるんじゃない?と思う人もいるでしょう。
これは僕の主観ですが、以下のような理由があると思います。
①ブリッジは残念ながらイカサマとすごく相性がいい競技である。
一般的にイカサマというとさいころ賭博や麻雀のイメージが強いと思いますが、これらのイカサマにはやっているときに物的証拠が残るのでできる機会も限られますし、そもそも証拠を押さえられてしまうリスクもあります。麻雀のコンビ打ちなども、毎回同卓していたらそれだけで怪しいです。一方ブリッジはもともとペア戦で物的証拠はフィールドには存在しません。映像証拠がなければずっとわからないままだったでしょう。
②そもそもファントーニとヌーンが強い
イカサマは下手なプレーヤーがやればすぐにばれます。プレイやオークションが不自然になるからです。不自然にならないようにやったらこんどはイカサマする意味がありません。しかしファントーニとヌーンはそもそもが世界最強クラスなので、普通の人ができないことも、「彼らならできてもおかしくない」ぐらいに思われていた可能性はありますし、実際そのうち半分ぐらいは彼らだからできるというものだったのだと思います。
このスキャンダルに気が付いたメビウスは様々な人に相談し、事実を確信すると、個人的に知り合いだったファントーニに自白を促します。心中すごく苦しかったでしょうね。。。
ついに自白はなく、2015年9月13日、バックギャモンプレーヤーでもあるkit woolseyによる統計解析とともにこのことは公表されます。
当時の衝撃は相当なものでした。テニスだったら「ナダルとフェデラーが違法ドーピングしてました。」ぐらいの事件が起きてるんですから。初めてまだ日が浅かった僕も、カードを出す方向で変なシグナルが出ないように気を使って斜めに出していたぐらいです(笑)
4. 出場停止処分
ファントーニたちがどれだけ反発したかは不明ですが、さまざまなペナルティーが二人に課せられます。
モナコのバミューダボウル出場辞退
この事件により、モナコチームは2015年のバミューダボウルを辞退します。まあ自分から辞退しなければ失格にされていたでしょうが。。。バミューダボウルは2年に1度開催される最も名誉ある世界大会の一つですので、予選でモナコに負けたチームや不正に関与していないモナコのチームメイトが浮かばれません。
イタリアの国内試合3年出禁
これはペナルティーとしてはかなり甘いほうです。ファントーニたちは控訴したらしいですが、認められなかったようです。
ヨーロッパの試合5年出禁+ペアで組むことの生涯禁止
割と一般的なペナルティーがこれです。
アメリカの試合生涯出禁
アメリカは厳しめですね。
ちなみに彼らは2017年にもヨーロッパブリッジ連盟を相手取りスポーツ仲裁裁判所に対して上訴しており、こちらでは「証拠不十分」というファントーニたちに有利な判決を得ています。
現在はヨーロッパでの出禁は解かれており、2021年ファントーニはイタリア代表としてヨーロッパ選手権に招集されましたが、これに反発して全チームがイタリアとの試合をボイコットしたようです。ペナルティーが終わった後も世界的にはまだファントーニを許していないようですね。
皆さんはどう思いましたでしょうか、ペナルティーが重すぎる、軽すぎる、いろんな意見があると思います。コメント欄に思ったことを書いてくれてもええんやで(笑)
今回の事件でいろんな人が甚大な被害を被ったのは事実です。いかさま、ダメ、絶対。
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